推薦文 クラウス・ヘルビッヒ教授(ベルリン芸術大楽)

小宮尚子は、4年前からベルリン芸大の私のクラスでピアノを学んでいる。
その間、私のもとでピアノにおける技術的、そして音色の可能性を絶えず徹底的に追及し、新たな表現力を開花させた。
ピアノ独奏曲はもとより、彼女はずいぶん以前から室内楽にも興味を示し、その分野においても成功を収めている。

彼女の愛すべき人間性は、この先実際に子供の指導も任せうるものであり、多くの生徒から求められる講師として音楽学校に貢献するであろうことを、私は確信する。

ベルリン、1989年5月15日
クラウス ヘルビッヒ
(ベルリン芸術大学ピアノ科教授)

推薦文 池本純子教授(元・桐朋学園大学ピアノ科)

小宮尚子は、桐朋学園大学音楽学部ピアノ科を優秀な成績で卒業され、まもなくドイツに渡り現在に至った方です。言わずと知れた音楽の都です。
普通は数年で帰国するような方が多い中で、あちらでの永住を決められた芯の強さと情熱の深さには感服させられます。
昨年、日本で生徒さんを集めてのレッスンを希望され、私はその場を聴きに行きましたが、素晴らしいものでした。
受講される方々の能力によって変える事が出来るのは、見事です。
多くの方々が、希望されることを望みます。

平成二十六年四月三十日

元・聖徳大学音楽学部ピアノ科教授
元・桐朋学園大学音楽学部演奏学科ピアノ科講師
池本純子

推薦文 斎藤亮輔(ベルリン ドイツオペラ団員)

私は歌い手ですが、演奏活動にたずさわる者は、歌い手であれ楽器演奏者であれ、皆より良い演奏を求めています。又、音大生や音大受験志願者、いや音楽志向の子供たちでも、平たく言えば、「上手になりたい。」と思っているのは当然のことでしょう。 ところが、これは本来音楽に限らず、 どの分野についてもいえることですが、ここでは演奏活動にたずさわる者に的を絞っても、「持って生まれた才能」というものが、大変大きなウエイトを占めるのは否めない事実です。しかし、その才能というのは、上手く引き出されて磨き上げられなければ、何にもなりません。ピアノの場合、どの時代の作曲家によるものかということも、様式を表現する上で大切ですが、具体的にその曲をどう料理するか、それを要領よく指導されなければ、ピアノの前に長く座った方が勝ち、というところから抜け出せません。

小宮尚子(ひさこ)というピアノの指導者は、具体的にその曲をどう料理するか、それを非常に要領よく指導できる方で、私は彼女をピアノの指導者として、皆様に推薦します。

蛇足ではありますが、私も音楽にたずさわってきた者です。レッスンという名のもとに、全く実のないむなしい時間を強いられ、尚且つレッスン料を払わされてきた多くの例を実際に体験してきました。こんなことを推薦文に書くのは、全くふさわしくないと思います。しかし、レッスンを受ける側にとって、これは身につまされる事ではないでしょうか? 彼女のピアノの受講者は、彼女のレッスンを受けてみて、確かに実のあるレッスンだというとを、本人が確信をすることが最もいいことだと思います。

齊藤 亮輔
ベルリン・ドイツオペラ 合唱団員

推薦文 坂本真由美(ソプラノ歌手)

ピアニストである小宮尚子氏との出会いは、ベルリンで次男がまだ小学生年中組の時であった。当時、ピアニストとして演奏活動をしながら、ピアノ教師としても定評があった同氏は、ピアノ初心者の次男にも懇切丁寧に指導し、その結果、次男はピアノ演奏が大変好きになった。また、次男が通っていた日本語補習授業校で行われたコンサートの際に同氏はピアノを演奏したが、そのテクニックの素晴らしさ、音楽性は、大変鮮烈なものであった。

それから10年後、次男が音楽高校受験の為に同氏のレッスンを受けたが、その際、同氏はピアノの高い技術レベルを指導したばかりでなく、同氏のレッスンは、音楽はテクニックだけではないことを改めて感じさせるものであった。

この度、日本で小宮氏の公開レッスンが開催されることは、私や次男にとって、この上ない喜びである。同氏のレッスンを受けられる方々には、きっと日本では味わえない音楽の鮮烈なほとばしり、美しさ、喜びを味わえる素晴らしい機会となることは間違いないであろう。

坂本真由美(HP:http/musiclife-ms.com)
ソプラノ歌手。二期会会員。NPO法人文化日独コミュニティー元理事長。
ルワンダ在住

推薦文 齊藤愛弓(ピアノ教師・愛通の会主宰)

私は母が音楽家でしたので三歳から五十年ピアノと共に生活して参りました。地方ではありますが、母から受け 継いだピアノ教室も昨年五十周年を迎えました。

日本における国内コンクールにも生徒は入賞するものの、ベルリンでの演奏会など、聞けば聞くほどドイツでの 音楽と日本の音楽作りの違いに疑問を抱き悩んでいた時、小宮先生に出会いました。そして、それなら国際コンクールも夢ではないと、二年前私の生徒がハンブルグでのスタンウエイコンクールに挑戦したいと聞いた時、小宮先生にお任せすれば、という事で 予選からレッスンしていただき、日本人としてファイナリストに残り本選出場という快挙、日本ではマスコミ各社からの取材で一躍私のピアノ講師、教室が一気に広く知られる事になりました。

小宮先生のご指導がなければ田舎者の音楽のままそういう ありがたいチャンスはありませんでした。不思議なくらい数回のレッスンで見事に変化してしまう。小宮マジックなのです。 又昨年は創立五十周年子供達による 演奏会を開催するにあたり、ベルリンから無理をお願いして、出演者11名の個人レッスンをお願いいたしました。夏暑い時期、先生は初対面にもかかわらず、音を出した瞬間に一人一人の個性や不出来な部分の改善を見事にアドバイスして下さり、素敵な音楽へと導いて下さり 聴講してた保護者、指導者の先生達も感激するばかりでした。

お陰様で演奏会に来て下さった600人近くの方々も演奏者、勿論主催者の私は小宮先生のお陰と 大変喜んでいます。

一個人の教室宣伝は募集ばかりでは人は集まりません。まず指導者がピアニストとして学ぶ、向上する事が一番の宣伝効果だと思います。又 自信を持って演奏会を開催する事による評価が何よりのピアノ教室の繁栄にも直結するという事を体験いたしました。それ以来私の教室は入会を待たせている有 難い状況です。

又私個人の リサイタルも継続してます が、日本でレッスンをと研鑽し指導者を求めて来た年月を思うと、もっと早くに小宮先生と出会っていたら、西洋の本物の音楽作りを早くに提供出来てたのにと 残念に思いますが今後も先生をお招きし、地方の文化向上のため自信を持ちすすめていけると感謝しております。

ベルリンで地位を獲得し、その地で音楽家と して成功してる人はただものではありません。子供達は勿論ですが、これからの音楽家を育てる日本在住の指導者の方々が一度小宮先生のアドバイスをいただい たら全てご理解していただけると思います。

愛通の会主宰、音楽療法士、今治明徳短期大学非常勤講師(昨年まで七年間)
文化施設A.K.Zent代表取締役
齊藤(藤田)愛弓

推薦文 ゲルマー知子(ベルリン音楽学校 フルート講師)

私の生徒、ラウラ・ノーヴァックが、「ベルリン芸術大学演奏家コース フルート科」受験を決意したのは、ドイツの「青少年のための音楽コンクール」を受けベルリンで優勝したからです。

ラウラには、このコンクールを受ける前に彼女のピアノ伴奏者と共に日頃からその高い音楽性を周囲から認められています小宮尚子先生の室内楽レッスンを受けさせました。 これは大成功でした。ラウラと伴奏者の演奏は、既にお稽古事の範疇ではよく出来ていましたが、小宮先生のレッスンを1回受けただけで、その演奏が音楽的にレッスン前とは全く違う次元のものになっていました。

その上、小宮先生はコンクールにおいて「ドングリの背比べ」のような中から抜きん出ることができるコツも把握しておられ、普通では気づかないほんの小さな箇所のアドバイスを生徒が実行するだけで、まるで魔法にかけられたかのように演奏自体のレベルが急にアップしたので、これには私も本当にびっくりしました。

結果はベルリン一位、そして更にレッスンを受けた結果、ベルリン芸術大学演奏家コースフルート科も文句なしの合格でした。
生徒を育てるにあたり、小宮先生の室内楽授業を受けさせたのは、本当に大当たりでした。
その事で、私もプロのフルート奏者を出した教師として恩恵を受けています。

現在、その生徒はドイツのオーケストラ試験に受かり、ハンブルクフィルハーモニカーで研鑽を積んでいます。

ドイツ ベルリン ミッテ区
ファニー ヘンゼル音楽学校
フルート講師 持田Germar 知子

ピアニスト小宮尚子さんという人 毎日新聞記者 小谷守彦

小宮尚子さんがどんな人であるか、紹介してほしいと頼まれた。音楽の街ベルリンに長年住む日本人ピアニストなのであるが、教育指導にこれまで以上に力を入れ、日独を行き来するのだという。新聞社の海外特派員としてベルリンで4年生活した縁で、小宮さんとは親しくさせていただいたが、日本に帰国し、ベルリンとは違う音楽に対する捉え方、楽しみ方に物足りなさを感じることがたびたびある。そういう意味からも、小宮さんが音楽を志す人たちにより多く接することは大賛成だと思っている。 小宮さんの素晴らしいところは高い音楽性だ。とても抽象的で、説明に困難さを覚えるが、これはもともと小宮さんに近いある音楽家の言った言葉であったと思う。高い感性と言い換えてもいいだろう。 良い音楽とは、極言すれば、人を魅了し、心に迫る音楽だろう。絵にも良いものとそうでないものがある。子供は時に、はっとするほど優れた絵を描くことがあるが、成長とともに、また、教えられ、大人をまねるうちに凡庸な絵しか描けなくなってしまう。それではもし良き指導者がいたならば、子供は優れた絵を描き続けるだろうか? これはベルリン在住の著名日本人オーボイストのご子息であるが、小宮さんの指導を受けるうちに、つたない手の動き、手の小ささのハンディはそのままながらも素晴らしいバッハを弾くようになった。その演奏は大胆な筆致で描かれた子どもの絵のように魅力的だ。良い音楽とは確かに存在し、その核心は楽譜再現の正確さやテクニック以外のところにあるのだと痛感する。小宮さんが生徒に方向性を示した時、生徒はその方向性におおいに共感し、どんどん心を開いていく。そこには良い演奏を聴く至福の時と同じ楽しさがある。日々の練習に疲れ、前途に行き詰まりを感じている音楽家志願者諸氏には、小宮さんのお試しレッスンを受けてみることを勧めたい。ピアノ以外の楽器の専攻の人にも指導していると聞く。その音楽性に接することで視野が開けるかもしれないと思うからだ。  忘れられない思い出がいくつかある。一つは私自身がベルリンのダーレムで声楽リサイタルを開いた時、小宮さんに伴奏ピアニストを務めていただいた。アマチュアテノールの私を前に小宮さんは(これは残念でもあったが)私を指導するのではなく、あくまでも一緒に音楽を創る共演者に徹してくださった。何と楽しく、自由奔放に歌えたことか。ベテラン音楽家の懐の深さを思い知らされた経験だった。 もう一つ、フィルハーモニーの室内楽ホールであったアンドラーシュ・シフの演奏会に小宮さんを誘い、ピアノ談義に花を咲かせた時のこと。ピアノ演奏にはリストやレシェティツキあたりから脈々とした師弟関係の系譜があり、今も流儀・流派が歴然と存在する。かつてエトヴィン・フィッシャーやアルトゥール・シュナーベルが教鞭をとった名門ベルリン芸大は近年、ドイツ流音楽を体現するクラウス・ヘルヴィッヒ教授と、先日他界されたロシア流のエレーナ・ラピツカヤ教授が両巨頭として、世界の秀才たちを著名コンクールに送り込んできた。ピアノ談義の話では、小宮さんはヘルヴィッヒ教授とラピツカヤ教授の両方に学んだ生徒であった。師匠がすべてともいえる芸の世界で、対極にある二人の指導者に学ぶことは茨の道であったともいうが、その稀有な経験が他のピアニストにはまねのできない視野を持つことにもつながった。先生の良し悪しは、一人のピアニストをあまりにも大きく左右するーー小宮さんはよくそんな話を私にした。自分にどんな先生がむいているか、ピアニストを目指す人なら、そんな相談もしてみるといいだろう。  日系企業の進出が少なく、日本人社会の狭いベルリンでは、小宮さんを日本人学校の理事長として知る人も少なくない。ご主人はベルリンで長年活躍してきたフリーランスのホルニストで、プロからアマチュアまで、あらゆるオーケストラに出入りし、夫婦そろって驚くほど顔が広い。自宅を開放して行われる小宮家の大パーティーや大新年会は日本人社会ではつとに有名だ。私自身もたくさんの素敵な人たちにそこで知り合えたと感謝している。小宮尚子さんがどんな人であるか、紹介してほしいと頼まれた。音楽の街ベルリンに長年住む日本人ピアニストなのであるが、教育指導にこれまで以上に力を入れ、日独を行き来するのだという。新聞社の海外特派員としてベルリンで4年生活した縁で、小宮さんとは親しくさせていただいたが、日本に帰国し、ベルリンとは違う音楽に対する捉え方、楽しみ方に物足りなさを感じることがたびたびある。そういう意味からも、小宮さんが音楽を志す人たちにより多く接することは大賛成だと思っている。 小宮さんの素晴らしいところは高い音楽性だ。とても抽象的で、説明に困難さを覚えるが、これはもともと小宮さんに近いある音楽家の言った言葉であったと思う。高い感性と言い換えてもいいだろう。 良い音楽とは、極言すれば、人を魅了し、心に迫る音楽だろう。絵にも良いものとそうでないものがある。子供は時に、はっとするほど優れた絵を描くことがあるが、成長とともに、また、教えられ、大人をまねるうちに凡庸な絵しか描けなくなってしまう。それではもし良き指導者がいたならば、子供は優れた絵を描き続けるだろうか? これはベルリン在住の著名日本人オーボイストのご子息であるが、小宮さんの指導を受けるうちに、つたない手の動き、手の小ささのハンディはそのままながらも素晴らしいバッハを弾くようになった。その演奏は大胆な筆致で描かれた子どもの絵のように魅力的だ。良い音楽とは確かに存在し、その核心は楽譜再現の正確さやテクニック以外のところにあるのだと痛感する。小宮さんが生徒に方向性を示した時、生徒はその方向性におおいに共感し、どんどん心を開いていく。そこには良い演奏を聴く至福の時と同じ楽しさがある。日々の練習に疲れ、前途に行き詰まりを感じている音楽家志願者諸氏には、小宮さんのお試しレッスンを受けてみることを勧めたい。ピアノ以外の楽器の専攻の人にも指導していると聞く。その音楽性に接することで視野が開けるかもしれないと思うからだ。  忘れられない思い出がいくつかある。一つは私自身がベルリンのダーレムで声楽リサイタルを開いた時、小宮さんに伴奏ピアニストを務めていただいた。アマチュアテノールの私を前に小宮さんは(これは残念でもあったが)私を指導するのではなく、あくまでも一緒に音楽を創る共演者に徹してくださった。何と楽しく、自由奔放に歌えたことか。ベテラン音楽家の懐の深さを思い知らされた経験だった。 もう一つ、フィルハーモニーの室内楽ホールであったアンドラーシュ・シフの演奏会に小宮さんを誘い、ピアノ談義に花を咲かせた時のこと。ピアノ演奏にはリストやレシェティツキあたりから脈々とした師弟関係の系譜があり、今も流儀・流派が歴然と存在する。かつてエトヴィン・フィッシャーやアルトゥール・シュナーベルが教鞭をとった名門ベルリン芸大は近年、ドイツ流音楽を体現するクラウス・ヘルヴィッヒ教授と、先日他界されたロシア流のエレーナ・ラピツカヤ教授が両巨頭として、世界の秀才たちを著名コンクールに送り込んできた。ピアノ談義の話では、小宮さんはヘルヴィッヒ教授とラピツカヤ教授の両方に学んだ生徒であった。師匠がすべてともいえる芸の世界で、対極にある二人の指導者に学ぶことは茨の道であったともいうが、その稀有な経験が他のピアニストにはまねのできない視野を持つことにもつながった。先生の良し悪しは、一人のピアニストをあまりにも大きく左右するーー小宮さんはよくそんな話を私にした。自分にどんな先生がむいているか、ピアニストを目指す人なら、そんな相談もしてみるといいだろう。  日系企業の進出が少なく、日本人社会の狭いベルリンでは、小宮さんを日本人学校の理事長として知る人も少なくない。ご主人はベルリンで長年活躍してきたフリーランスのホルニストで、プロからアマチュアまで、あらゆるオーケストラに出入りし、夫婦そろって驚くほど顔が広い。自宅を開放して行われる小宮家の大パーティーや大新年会は日本人社会ではつとに有名だ。私自身もたくさんの素敵な人たちにそこで知り合えたと感謝している。